所在地
千葉県勝浦市

構造
木造
規模
地上2階
延床面積
204m2

海まで続く景色

外房は勝浦市の興津の高台にこの家は建っています。太平洋を遠望できる敷地は、海に続く山並みによって程好く他の建造物が遮られ、海まで続く景色全体を借景として取り込めるという条件に恵まれていました。

施主夫婦は初めての打合せに、自作の模型を持参で来所されました。1階にリビング・ダイニング・お風呂、2階に寝室、3階に予備室という、3階建ての少し手垢で汚れた白い模型には切妻の大きな屋根が架け渡されていました。施主夫婦が話し合いを重ねた跡が模型の汚れに感じられましたが、懸命に考えられた間取りには年に何度使われるか分からない部屋が一番見晴らしの良さそうな3階に置かれていました。しかし敷地を見て、私はこの模型とは異なるイメージを持ちました。夫婦二人と高齢の両親の4人が快適に暮せる家、それは、嫁いだ娘たちのものでも、かわいい孫たちのものでもない、夫婦二人と人生の最後をこの場所で穏やかに迎えることになるであろう両親のためだけに考えられた、この世に二つとない家を作るために、娘や孫たちのための部屋も、彼らのために何組もの布団を収納するスペースの確保も必要としないという発想の転換を説得しました。


ケアを考える

1階に前室を兼ねた幅広の廊下を持つ両親のための和室とゲストルーム 、そして近い将来確実に訪れる介護のために、和室に近い位置にトイレと風呂、そして納戸を設けた。納戸にはデッキ下の駐車スペースにつながる扉があり、雨の日や海からの風が強い日に玄関に廻らずに入れる内玄関の役目を持っています。玄関ホールは車椅子が使えるようにとの施主の要望を反映した広さを確保しています。前室を兼ねた幅広の廊下は、玄関ホールに対しては光と風を取り入れるための広縁であり、和室に対しては縁側であると同時に前室であり、また将来のベッドを置いての介護にも対応できるように考えた場所でもあります。


景色を切り取る

2階は主寝室・書斎とトイレ 、そして間仕切りのないリビング・ダイニングキッチンとこれらに連続する外部のテラスとなっています。高齢の両親が自由にリビングで景色を眺め、ダイニングで食事ができるように上下の移動はエレベーターが用意されています。
遠くに海を望むリビングの南面は腰高を低くして全面が窓になっています。ベンチとしても利用できる窓台は、外部の花台へとつながります。この花台は窓台に座った時の落下防止柵の役目を兼ねています。花台と深い庇に挟まれた開口は、上下の景色が適度にカットされ、横長のパノラマに切り取ることで、借景とすべき自然の要素のみを取り込んでいます。



深い庇-雨の日に窓を開けたい

庇が深く雨の日でも窓を全開にでき、広いテラスはリビングの連続として掃き出し窓を全開すれば、内部と外部が一体となります。二間の間口と三間の奥行きを持つテラスはトップライトによって明るく開放的な光に満ち、隣家側に設けた格子は自然の風と遠くの自然の景色のみを取り込み、隣家からの視線は遮っています。また、デッキは独立して設けたシンクにより二分され、山側のスペースはキッチンのバックスペースとして出入りでき、このシンクによりゴミや空き瓶などを置いてもリビングと連続して使えるデッキ部分からはこれらが見えないようになっています。
キッチンはこの家で最も良い場所にあります。食事を作りながら遠くに海を眺められ、家人との会話を楽しめるのは勿論であるが、1階の両親の気配を感じることができるように、階段側の扉を完全に壁内に引き込むことで、老父母のいる階下との連続性を断たないように配慮しています。


土壁の心地よさ

内部の壁は珪藻土による左官壁としました。珪藻土の壁は消臭・空気浄化作用や調湿効果があり、快適な室内環境が得られます。外部の壁は初めは本リシンで考えていたが、山側の湿気のためにカビの発生が懸念されたために已む無く人工塗り壁材のジョリパットを採用しました。床材はカバ桜を使っていますが、料理をする“キッチン”部分だけは床暖房の設置から同材のフローリング材を使っています。


自然の風

山の高台に位置し、海風も当たり、千葉といっても断熱には神経を使っています。しかし、私は最近当たり前のように考えられている高気密・高断熱が日本の気候に相応しいとは全く考えていません。四季の差と梅雨があり多湿な日本の住宅は、時代が変わろうと先人の「夏を旨とすべし」という教訓を真摯に受けとめ、風が抜ける家を作らなければならないと考えています。この家も海側からの風は山側に設けた5つのオペレーターで操作する高窓から抜け、 テラス側の掃き出し窓を全開にするとリビングを通って書斎に風が抜けます。1階の和室前室や洗面の扉から入った風は階段を上って2階のそこかしこの窓から抜けます。断熱材は一般的に使われている壁内結露を起こす可能性のあるグラスウールではなく天然素材を使用しています。金属屋根からの雨音を消すためのボードを全面入れたり、遮音シートを入れるなど、快適に暮らすために見えない部分への配慮こそ怠りがないように心がけました。